07« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»09

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カテゴリ: スポンサー広告

tb: --    cm: --

俺屍R 昼子さんをボッコにする日記略して昼ボッコ2014もとい昼子チャレンジその1 

プレイが始まったのが1018年4月。そして現在は1049年4月。

リアルで言いますとラストセーブのタイムスタンプが2012年1月、そして現在は2014年の3月。



随分経っちゃいましたね…そろそろ成仏させて差し上げましょうか。本気で。簡単に一族の紹介を。


うちは最初に分家させてからそれが代々続いてると設定。というか縛り?



140308018oreshika_0398.jpg


初代党首の雁乃が美穂、茉莉也、裕香、聡という4人の子を作り、長女の美穂家が代々当主を引き継ぐことに。

3人目の裕香家の血筋は3代目の愛美(中央下の褐色肌の子)が討ち死にして絶える。茉莉也家同世代の真守も双子を作るが長男の規夫が早くに死に次男の彰が残る。この時点で3血統に。


4代目当主の愛生が大、昌也という2人の子を産みそこで再び4血統へ。



140308019oreshika_0399.jpg


9代当主の稔がナマズ顔の完と芳忠という2人を授かるも、芳忠の息子の周夫が8ヶ月で没。

10代目当主完の娘の陽子が本来なら11代当主を継ぐところが、当主候補がまさかの逐電という大スキャンダル。幸い一子を残してくれてたので娘の理恵が11代当主に就任。完の時代に陽子と明夫という2人に分かれる。

明夫から7代目の勇気の時に紀彰と宏一の2人ができるが、宏一から4代目のリサが逐電。



1403080110oreshika_0400.jpg


昌也から16代目の英梨が寛子と雅弓の双子を授かるが、寛子から3代目の乗児が逐電…


狙ってたわけじゃないのに尽く分けた血が絶えるというこの呪われっぷり。



陽子が逐電して10代完から孫の11代理恵に継承しているのと、16代真梨子は晩年に子を授かったので継承が巧く行かず、18代目の信彦へののつなぎとして昌也家12代目の千亜紀に暫定的に17代目当主を務めてもらったのと、同じように22代目当主宇芽香の息子清志へのつなぎで聡家19代目の朝雄に23代目当主を務めてもらったので、当主の代数と実際何人目かというのは差し引き一代のズレがある。




1403080111oreshika_0401.jpg



で、現在残ってるのがこの5人。



140308011oreshika_0408.jpg


29代目当主の美菜子。美穂家27代目、初代当主から数えて直系の28人目。



140308015oreshika_0395.jpg


10代目当主完の第二子明夫家17代目のへきる。



140308016oreshika_0396.jpg



4代目当主愛生の第二子昌也家23代目の里菜。



140308011oreshika_0388.jpg




140308017oreshika_0397.jpg



初代当主第二子茉莉也家25代目の紘とその娘で26代目のいずみ。




140308014oreshika_0394.jpg



初代当主第4子、聡家24代目の真樹夫。




これは完全に私の好みで、御三家御三卿をモデルにしているんですが


なぜ初期の頃松平忠直(家康次男結城秀康の息子)と勝姫(家康三男徳川秀忠の娘)が結婚して、縁を深めようとしたのか。そして本家と尾張家が不仲になり、紀伊家の吉宗が本家を相続して御三卿を創設したのか、わかりますよね。



ぶっちゃけここまで来ると本人達にしてみれば他人でしょwww



そしてなぜ家康がこれを読めなかったのかも、私にはわかります。初代当主の目線からすると皆可愛い子孫たちですもん。まさかいがみ合ったりとかしないだろうとか思っちゃうわけですよ、浅はかならずとも。


で、結局血筋そのもののスペアではなく、何かあったら徳川本家を捨てて勤皇側に付いて最悪の場合でも徳川の血筋を維持するために作った水戸家の徳川慶喜が何の間違いか15代将軍に就任して、大阪で尊王側の薩長と対峙したときに軍艦に乗って部下見捨てて逃げちゃうわけですよ。「何かあったら尊王側に付け」って言われた血筋の人間だから。


そして、後を任されたのは徳川秀忠の隠し子の保科正之の子孫である松平容保。保科正之は日陰の身である自分を重用してくれた3代将軍徳川家光への忠義から、遺書&家訓集である土津公御家訓の中で「何があっても本家を守れ。これ守らないやつは俺の子孫じゃねーから従わなくてよろし」と述べます。しかも松平容保は子孫とは言っても養子であり直系の子孫じゃなかったので、必要以上にこの家訓に囚われてしまいます。「あーやっぱり養子だからなー、うちの初代様の言うこと聞かねぇんだー」って言われるっていうプレッシャーから引き際をミスって矢面に立たされ、結局幕府は滅亡し、戊辰戦争で東北地方は大打撃を受けることになります。


で、これをやったのが去年の八重の桜ですね。綾野剛さんはよかった。綾瀬はるかはお察し。



さて、どうしてやっていくかはやりながら考えます。

カテゴリ: 俺の屍を越えてゆけ

tb: --    cm: --

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。