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【im@s×特撮】ゴジラ誕生 第5話 観覧メモ 




第1話観覧メモ

第2話観覧メモ

第3話観覧メモ

第4話観覧メモ

>円谷さんは「特技(特殊技術)」と言って「特撮」とは言わなかった

>昔の映画スタッフで、小道具の拳銃を警察に見咎められて職質された人もいたらしいw
428のメイキングで、ひとみ(近野成美)が建野(工藤俊作)にハチ公の前で顔に拳銃を突きつけられるシーンも、一瞬撮ってパッとすぐ懐にしまってましたもんね。そりゃ通報されかねない。


>当時は裸線だからね~
なるほど、ほんとに「線」だったのか。言われてみればそうだな。

>「見る人の頭の中にある絵を再現する」のが、ある意味ではリアルなのよね
always三丁目の夕日でも同じこと言われてましたね。実際はもっと小汚かったと。でも思い出の中の街は再現出来てたと。



向山 宏(むこうやま ひろし、1915年2月16日 - )当時39歳、現在99歳。
>日本映画の合成技師。1940年に東宝映画に入社。合成撮影、合成作画を経験し1942年に合成技師となる。1950年に東宝スタジオに復社。以来、円谷英二の良きパートナーとして東宝特撮映画を支え、その名は向山合成と世にしらしめた。特殊技術課設置以降は合成係の係長となる。1970年に退社。


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宝田明(天ヶ瀬冬馬)(1934年4月29日 - )当時20歳、現在79歳
>日本映画の黄金期である昭和30年代、東宝を代表する二枚目スターであった。昭和40年代以降、ミュージカルを中心とした舞台に活動の場を広げ、ドラマやバラエティなどテレビ出演も増えるようになった。1964年に文部省芸術祭奨励賞、1972年にゴールデンアロー賞、2012年に文化庁芸術祭大衆芸能部門大賞を受賞。これまで出演した映画は200本を越える。身長183cm。

この人は普通にダンディなおじさまですよね。個人的にはあげまん、ミンボーの女、マルタイの女など後期伊丹作品に出てらっしゃったイメージ。あと、ディズニーのジャファーの怪演も。


>実際、宝田さんが後年書いたエッセイでも「主役はお前じゃない!ゴジラが主役だ!」と言われたんだよな
実話だったのか



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平田昭彦(東豪寺麗華)(1927年12月16日 - 1984年7月25日)当時27歳。
>東京陸軍幼年学校、陸軍士官学校(60期)、旧制第一高等学校を経て、東京大学法学部政治学科卒。陸士での同期には中條高徳が居た。また、東大での親しい同期には児島襄、松下康雄らが居た。

>端整なマスクと知的で気品のある雰囲気で東宝の若手スターの1人となり、文芸作品から、アクション、時代劇、戦争映画、コメディまで数多くの映画に出演した。岡本喜八、福田純、本多猪四郎、稲垣浩監督らの作品の常連である。戦争映画における士官役や、アクション映画の殺し屋やインテリヤクザ役などで、堂に入ったダンディぶりを発揮した。

>1954年、東宝の特撮怪獣映画の第1作『ゴジラ』に芹沢博士役で出演、以降東宝・円谷プロ系特撮作品の常連となる。芹沢博士は苦悩する科学者だったが、以後は主にクールで知的な博士・科学者役を得意として作品を引き締め、品格を与えた。テレビでも『ウルトラマン』の岩本博士、悪役としては『レインボーマン』のミスターKなどを演じている。

この人は知ってましたが…幼年学校出て陸士出て旧制一高出て東大…でこのイケメン。色々与えすぎだと思います。


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河内桃子(桜井夢子)(こうちももこ 1932年3月7日 - 1998年11月5日)当時22歳。
>女優としては久我美子と並ぶ名家出身で、祖父は理研グループ総帥で子爵であった大河内正敏

大河内正敏自体も相当有名ですし、遡ると知恵伊豆直系というサラブレット。
ああ、この人渡鬼で観たことあるわ。お姑さんだ。



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志村喬
(五十嵐幸夫)1905年(明治38年)3月12日 - 1982年(昭和57年)2月11日)当時49歳。

レジェンドすぎるんで割愛。




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小杉義男(1903年(明治36年)9月15日 - 1968年(昭和43年)3月12日)
>黒澤明の映画にも度々起用され、『姿三四郎』、『虎の尾を踏む男達』、『七人の侍』などに出演。世界的スターであり、小杉の後輩である三船敏郎とも三船のデビュー作から共演する事が多かった。
>特撮作品にも数多く出演しており、特に本多猪四郎が監督を務める作品には数多く出演した。

顔みりゃこの人は一発でわかります。
ちょっと松山ケンイチに似てると思うのは僕だけでしょうか?

>小杉さんは後年、『モスラ対ゴジラ』でインファント島の長老役を演じた



梶田興治(朝比奈りん)(1923年10月7日 - 2013年8月18日)
東宝のテレビプロデューサー。1945年に東宝撮影所に入社。本多猪四郎監督のチーフ助監督を長く務め、1966年に円谷特技プロダクション(後の円谷プロダクション)へ出向、ウルトラシリーズのテレビディレクターとして活躍。その後東宝に戻りテレビ部のプロデューサーとして活躍。



果てしない…果てしなさすぎる…特撮ってほんと大変なのね。

じゃあCGは楽かというとそういうこともなく、むしろパシフィック・リムでは「むしろこれ実際に作っちゃったほうが安いし早いしリアリティも出るんじゃね?」的発想で結構実際のセットが使われたりしてるそうで。



しばらく間が空くということで。
龍彦P様、続き楽しみにしております。

カテゴリ: ニコニコ動画

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