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集団的自衛権 

集団的自衛権の問題が語られていますが、ここで引用したい文章。

小林よしのり著『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論3』の終章から。
1と2は絶賛されつつも反米色の強い3は批判されがちで、私も首を傾げるところがままあるわけですが、この結びに関しては学ぶところがある。

最初は1980年に文藝春秋誌上での宮沢喜一と田原総一朗の対談。





実はわたくしは、外務大臣のときに次官以下の幹部の諸君に宿題を出したのですよ。まず、こう問いました。
日本は憲法に寄って戦争の放棄を宣言し、どこの国とも仲良くするということを外交の方針にしているとわたくしは考えているのだが、間違いないか、とね。げんに、憲法の前文に『諸国民の公正と信義に信頼して…』と書いてあるのですよ。みんな、間違いない、その通りだと答えました。


そこでわたくしは、いったのです。
もしも、どこの国とも仲良くする、ということを実際に行うとこれは大変にモラリティ(道徳)のない外交にならざるを得ない、とね。そうでしょ。
どこの国とも仲良くするということは、たとえ、どんなひどい、不正や非人間的なことが行われていても、その国に対して、制裁行動は起こさないで仲良くするということでしょう。これはモラリティのない外交ではないですか。


抗議して、やめてくれればよいのですが、もしも改めなかったらどうするのですか?
口先で言うくらいじゃ抗議にもならない。まるで効果はない。
といって、日本は武力行使はダメ、威圧もダメ、十字軍を出すこともできない。一体、どうすればいいのです。


結局、日本は、モラリティのない外交しかできない。
また、国民も、本心では、それを望んでいるのではないですか。
一切の価値判断をしない外交。しかし、これは、ごまかし外交でしてね。
価値判断といえば、損得勘定だけでしょうな。


価値判断がないのだから、何もいえない。
言うべきことがない。ただ頭を叩かれればひっこめる。
世界の空気を眺めて、大勢に従う。日本は、これまで、それでやってきたのですよ。
念の為に言っておきますが、日本の外交、いかにあるべきか、という宿題の回答は、外務省の諸君から今に至るももらっていません。

(「ソ連は怖いですか?」文藝春秋昭和55年3月号)


(中略)

道義を重んじない不道徳な国家は「損得勘定」だけが国益と居直るしかない。
生命と財産さえ守ることができるならばアメリカに依存し、アメリカのご機嫌を損ねないようにしていればいいと怠惰になるしかない。リスクを最小限に抑えるには最強の国に添い寝しているしかない。
一切の価値判断をせずに主体性を放棄してしまうのが最も安全だと自堕落になるしかない。




ド正論です。これ、アメリカ追従批判の文なんですが、どこが相手でも同じこと。
自分で自分を守る努力をせずにアウトソーシングするというのは、モラリティが無いということ。



国民の一人一人がいざとなれば戦争も辞さない!…という覚悟などさらさらないくせに北朝鮮に強行手段を!…と言っている。わしには異様な光景に映る。
ならば自ら「市民・シチズン」となって「徴兵制」を実施しようとは誰も言っていない。日本も「核武装」して抑止しようとは誰も言っていない。ただちに自衛隊を「軍隊」にして盾と矛の両面をそろえよう、最悪の場合は、日本単独での「自主防衛」しかありえない、という当たり前の自立心すら芽生えない。


ただ「日米同盟」が日本の生命線と構えるのがリアリズムだと、「リアリズム」という「保身主義」の中に逃げ込んで、国民の「戦意」を封じ込めている。「なあに、アメリカがやってくれるさ。」それが日本人の本音である。平然と道徳を捨て去って、良心も傷まない。


そのような国柄に自尊の念が生まれるかと言えば、あの特攻で散華した多感なエリートたちに尋ねてみれば、すぐ答えは出よう。彼らは日本人の心のなかにいるはずだから。


安全よりも 生存よりも 上位の価値が「独立」である。


それほどまでに「独立」が価値あるものと、考えられるためには、日本の国柄・伝統にそれほどまでの価値があるのだと信じられなければならない。ただリスクのない生き延び方しか考えられない者に、「誇りある日本」とか、「国民の歴史」とか言う資格はない。


「独立」とは、「依存せぬこと」である。
国の独立を維持し、国の伝統を守るためには、安全と生存が少々は危うくなるのを覚悟しなければならない。
少々で済むかと、臆病者の声が響いてきそうだが、少々で済ませるのが国家を預かっている者たちの責任である。


どうせ大東亜戦争であれだけの敗北を味わった身ではないか。もう何も怖くないと居直ればいいものを。何度敗北しても復活して「独立」してやると誓えばいいものを。




徴兵制と核武装には実効性が無いとは思いますが、概ね同意。


ただ、現実には自主防衛論というのはかなり厳しいです。

前年比10%越えの軍拡を10年以上もやったら我が国は破綻しますし、そもそも世論が許してくれません。
かといって精神論で物量を超えることはできません。第二次大戦の二の舞です。


そこで集団的自衛権ですね。完全自主防衛が厳しいなら多国間で連携するしかない。

日本に対外脅威となる軍事力を持たせない、使わせないようにしたのも戦後の最前線として基地を居座り続けるようにしたのも全てアメリカの都合ありき。堂々とアメリカのアジアプレゼンスが弱体化必死なので、共同できる仕組みづくりが不可欠で、それはアメリカの都合なんだと主張すればいい。弱体化したアメリカに頼りきりでは、紛争を未然に押し止める力に不足が生じつつあるんだと。それを言わずに取り繕うからこういう枝葉、屁理屈を感じさせる話に行き着くんですが…


恐らく内閣に属する人間が中国脅威論やアメリカの影響力低下を明言してしまうと外交上不味いんだろうな。なればこそ各局に特番組ませて、そこに集団自衛権容認論者を送り込み政府の人間が口に出せない現実を広く広める必要があります。

安倍総理の説得だけでなく、そうやって世論を醸造することにもっと力と意識、時間を割かないと駄目なんでしょうね。



産経新聞16日社説「集団自衛権報告書 「異質の国」脱却の一歩だ」には次のように書かれています。


■行使容認なくして国民守れぬ

 日本の安全保障政策の大きな転換につながる集団的自衛権の行使について、政府の有識者会議が憲法解釈の変更で容認することを求める報告書を安倍晋三首相に提出した。

 首相は記者会見で「いかなる危機にあっても国民を守る責任がある」と述べ、本格的な与党協議に入る考えを表明した。

 日本の平和と安全、国民の生命・財産を守るため、当然の政治判断がようやく行われようとしていることを高く評価したい。

 早期に与党合意を取り付け、自衛隊法など必要な関連法の改正などに取り組んでもらいたい。

 《緊張への備えは重要だ》

 なぜ今、集団的自衛権の行使が必要なのか。それは、厳しさを増す安全保障環境を乗り切るため、日米同盟の信頼性を高め、抑止力を強化する必要があるからだ。

 報告書は「一層強大な中国軍の登場」に強い懸念を示した。「国家間のパワーバランスの変化」から「特にアジア太平洋地域」の緊張激化を指摘した。



 中国は東シナ海では尖閣諸島の奪取をねらっている。南シナ海ではフィリピンやベトナムを相手にスプラトリー(南沙)、パラセル(西沙)諸島などを奪おうとしている。力による現状変更を図る試みは受け入れられない。

 東西冷戦の時代であれば、日本が個別的自衛権の殻に閉じこもっていても、米国は仮にソ連の攻撃があれば日本を守っただろう。

 だが、今や米国に一方的庇護(ひご)を求めることはできない。オバマ政権はアジア重視の「リバランス」(再均衡)政策をとるが、国防費は削減の流れにあり、米国民も海外での軍事行動を望まない。

 集団的自衛権の行使容認で日本が責任を分担する姿勢を明確にし、地域の平和と安定のため、今後も米国を強く引きつけておく努力が欠かせない。

 朝鮮半島有事の際、日本人を含む各国国民を避難させる米軍の輸送艦を自衛隊が守ることは、集団的自衛権の行使にあたるため、現状では困難とされる。安全保障の法的基盤の不備から、国民を守ることができない。



 米軍将兵は命をかけて日本の防衛にあたる。その同盟国が攻撃を受けているのに、近くにいる自衛隊が助けなければ、真の絆を強められるだろうか。日本の国際的信用も失墜しかねない。

 集団的自衛権の行使を認めれば戦争に巻き込まれるといった批判がある。だが、むしろ行使容認によって抑止力が向上する効果を生むとみるべきだ。外交努力に加え、同盟や防衛力で戦争を未然に防ぐ必要がある。

 過去の内閣法制局の憲法解釈を金科玉条のように位置付け、変更は認められないとの主張もある。だが、過去にも憲法66条の「文民」の定義で現職自衛官を外すなどの解釈変更は行われた。

 《グレーゾーン対応急げ》

 そもそも、憲法が行使を許す「自衛のための必要最小限度」の中に、集団的自衛権を限定的に含めるのは、国の守りに必要である以上、当然だ。危機を直視せず、十分な抑止力を使えない不備を放置すれば「憲法解釈守って国滅ぶ」ことになりかねない。

与党協議に向け、公明党は行使容認に慎重な態度を崩していない。だが、通算11年以上、自民との連立で政権を担当してきた。安全保障面でも国家や国民を守る責任を等しく負っている。行使容認への接点を探ってもらいたい。

 容認に前向きな日本維新の会やみんなの党などと党派を超えた議論も加速すべきだ。

 有識者会議の報告書のうち、武力攻撃手前の侵害である「グレーゾーン事態」への対応や、国連平和維持活動(PKO)での「駆け付け警護」を容認する点などは、公明党を含め多数の政党の理解が広がっている。

 漁民に偽装した中国の海上民兵や特殊部隊が、尖閣に上陸して占拠しようとするケースもグレーゾーン事態だ。これに対応する領域警備の法整備は急務だ。

 一方、国連安保理決議に基づく多国籍軍への自衛隊の参加などの提言を、首相が「海外での武力行使」にあたるとの従来の解釈に立ち、採用しない考えを示した点は疑問もないわけではない。

 自衛隊の活動への強い制約を解くことが課題である。内外に表明している積極的平和主義の具体化へ、現実的対応を求めたい。




一応の現実的な正論。

ただこれ、ぐうの音も出ない程の正論かと言われるとそうでもなく、反論はいくらでもできます。

対中の場合に果たしてアメリカを頼れるのか。米国債を大量に保持し、しかも米国内でシェールガスシェールオイルが大量に産出されつつあり、内向きになりつつある米国がそこまで頼れるのか。常任理事国がゴネた際どうにもならなかった事例は多々あるじゃないかとか。米国以外の国が頼りになるのかとか。


…一国単位で見ると対中相手だと正直どこも頼りにならないというのが正直なところ。

だから勢い対米追従か対中追従かということになるんですが、私はとりあえず賛成で見ます。熱烈歓迎ではないにせよ、そっちのほうがメリットが多いと見る。


安倍総理が必死になって作り上げつつある対中国包囲網を有効に機能させる為には自衛隊を能動的に動ける体制を作らないといけない。「中国が攻めてきたら自衛隊が守ればいい」と言う受動的な動きでは他国との連携が取れない。
ベトナムの件でも明らかな様にまずは中国は弱い周辺国から攻める可能性が高いから助けを求める他国と連携して自衛隊を派遣できる可能性を作る必要がある。これが中国に対する第一の牽制になる。そしてアメリカは日本の「本気」を見て初めて同盟の役目の責任を果たす。ロシアやイギリス、韓国などは勝ち馬に乗りたいだけだから初戦において日本が勝てば一気にこちらに転ぶ。


民主主義の日本において政策決定の遅れは死活問題になります。


憲法改正が筋道だろうがもう国民の声を「悠長に」聞いてる時間がない。安倍政権の次の政権は今より支持率が低いのは間違いないからここまで準備するのは不可能。「今」やらないといけないし「今」しかできない。平和呆けの左翼政党、左翼メディアの撹乱に惑わされてはいけないわけです。中国の勝利は日本だけではなく世界の暗黒時代の始まりを意味するわけですから。



小林先生の仰ってた「恥」を捨てれば実は今の日本の現状はそこまで悪いものでもない。
だいたい、核保有国で、国連安全保障理事国であるイギリスですら、スエズ危機でボロ負けして以降は、アメリカの従属国なのだからアメリカと従属同盟を結ぶことは主権国家としてそこまで恥じることではないし、むしろ民主主義国で(少なくとも近年までは)世界覇権国である宗主国アメリカが日本をパートナー、子分に選んでくれたことの恩恵は計り知れない。

日本は繁栄を続けることができ、日本国民は豊かな生活を享受できる。もちろん志願兵制も維持できる。


その反面として理念なき外交を強いられてきたし、もし今後集団的自衛権を行使するとなれば意にそぐわぬ派兵もしなくてはいけないかもしれぬが、そこは自主防衛のできない国の悲哀と甘んじて受ける他無い。

カテゴリ: 政治関連

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